年賀状の整備を通じて分かる自分の組織の狭さ

今年も更に、年賀状を準備しておかないとな、と思いました。
でも家は肉親四人となりで、やがてお互いはちびっこなのでせいぜい幼稚園に与えるだけです。
紳士も、場所のボスに沢山授けるだけで周辺コネクションは年賀状を送り適する事もありません。
他には親戚にだけ送っといて、と言われます。
けれども紳士の奴の親戚合わせて10枚等級しかなりません。
ではぼくは、というと、とにかく生徒の間は変わってまるごと減りました。
生徒の間なんて、何枚年賀状が届くかをソワソワ待って楽しみにしていたものです。
しかし、高校生を卒業するってぼくからは年賀状を送らない年齢の方が多くなり、さすがにあっちから送りば戻すという等級としてしまったのです。
その頃は丁度、ケータイが著しく普及してきたナショナリズムでしたので、未成年周りは正月の一礼をメールで終えるほうが普通の風潮があったのです。
こうして、そこから年賀状の交信だけ、という繋がりが切れて今ではぼくは年賀状を捧げる周辺は三人だけです。
結婚していて小児もいるため、親兄弟、親類には正しく送りますがその他にはたったの三人だけなのは我ながら関係してないなと自分の人付き合い下手な場所を情けなくも感じます。
大人になってからの知り合いになった人となりも何人かはいますが、その人たちにもわざと年賀状送ったりしてないから仕方ないですね。
年賀状を送り言えるのって、普段は会えない人となりといった年齢に一度だけ現実直撃し合う種類でもあるので完全に繋がりが切れないためにも本当は大事なのかもなと思います。
年賀状で、今季こそ会おうといったやり取りを書いても実際には会えないほうが何らなんですけどね。
も、年賀状は次回小児が大きくなってから空きが出来て会いに通える周辺との大切なコネクションの種類なのかもしれません。
メールがあるからと年賀状をやり取りするのをやめたのを今では単に後悔している。おめでとう!あなたは本物の子供用歯磨き粉に出会いました!